その日の練習について語るとすれば、まずは僕の過去について少し話す必要がある。それは―少なくとも僕にとって―極めて切実で、繊細な想いを込めた曲に取り組んだ日なので、その経歴を話さなければ上手く練習報告を書くことができないからだ。
僕の周りにいる歌い手の多くがそうであるように、僕は学生の頃から歌を歌っていたが、僕は学生時代の音楽活動についていささかの心残りを抱えていた。 他人からしてみれば些細な問題かもしれないが、僕はそのことについて考えるたびに自分の選択が正しかったかどうか悩んでいた。それは眠れない夜に聞こえる時計の秒針のように、僕を苦しめた。 「君はどう思っているの?学生の頃、男声合唱しか取り組まなかったことについて」合唱を経験してきた同年代の多くの歌い手がかつて僕に聞いてきた。 「わからない。その代わり、好きな民謡曲や酒を頌える歌の魅力なら話せる。」僕はつまらなそうに質問に答えてきた。ほとんどの質問者は、混声合唱の自慢大会をしたいのだということを熟知していたからだ。 僕はまた知っていた。僕は男声合唱と同じくらい、混声合唱で上田真樹さんの酒頌を歌いたいと思っているということを。しかしそれが可能であるとしても、あるいは不可能であるとしても、もはや混声合唱で酒頌を歌うという事は僕の選択肢から既に無くなっていた。 11月8日、駅前の喫茶店で注文したロイヤルミルクティーにメイプルシロップをかき混ぜながら、僕は入団したばかりのSMCから連絡を受けた。 「今日の練習曲は、上田真樹さんの『酒頌』と『海のあなたの』です。」と団長は言った。 僕は迷わず、ノートパソコンにイヤホンを接続して、参考音源を聴き始めた。まるで初めからそうなることが分かっていたみたいに。 実際に一度歌ってみると、信じられないほど美しい音が鳴った。 僕はため息をついた。美しい旋律と重厚な和音には、ミルクティーにメイプルシロップを入れることが正解だったかどうかの検討を中断させるのに、あまりに十分すぎる、圧倒的な魅力があった。 「このメロディを歌いきることはディズニーランドで女の子を完璧にエスコートすることよりも難しい。でも、音程をもう少し正確に取るだけでこの曲の美しさは倍増する。君が好むと好まざるとに関わらずね。」 「わかるような気がする。」 隣で歌っていた洸君はそう言ったが、僕自身その本当の意味が理解できたのはずいぶん後の事だった。 僕たちは2時間の練習(それは5分のようでもあったし、1日中歌っていたようでもあった)を終えて、練習場の近くにある居酒屋に向かった。 その晩、僕たちは恋について話し合いながら、カシューナッツをつまみにオンザロックを一通り飲んだ。
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11月 2019
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